1964年9月30日イタリア・ペルージャ生まれ。夫はフランス人俳優のヴァンサン・カッセル。弁護士を目指しペルージャ大学に在学中、学費を稼ぐためにモデルを始め、パリ、ニューヨークでも活躍するトップモデルとなり、女優に転身。92年にフランシス・フォード・コッポラの『ドラキュラ』でハリウッド・デビュー。その後もイタリア、フランス、アメリカで活躍し、ジュゼッペ・トルナトーレ、ギャスパー・ノエ、ウォシャウスキー兄弟、メル・ギブソン、テリー・ギリアムなど、個性的な監督たちから愛される。イタリアでもっとも世界的に成功を収めた女優のひとり。
フランス国立高等演劇学校を2006年に卒業。ガレルの演技指導を受ける。端役ながらも『マリー・アントワネット』、『ヒア アフター』などの大作に出演。ガレルの娘エステル・ガレルと共演した『メゾン ある娼館の記憶』は、2011年カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された。ジャック・オディアール監督作品『De rouille et d'os』ではアカデミー賞女優マリオン・コティヤールと共演を果たしている。今後が期待される実力派女優。
1970年生まれ。99年「ジョナスとリラ」では主演を務めている。その他に数多くのTVドラマに出演。ガレル作品では『恋人たちの失われた革命』に端役で参加し、『愛の残像』ではルイ演じるフランソワに子育ての助言をする友人役で出演している。
1923年2月24日フランス生まれ。フィリップ・ガレルの父。若い頃は妻と一緒に人形劇で生計を立て、のちに俳優となった。ジャン・ギャバンと共演したフィルム・ノワール『パリ大捜査網』から、エマニュエル・ベアール、ダニエル・オートゥイユ共演『愛を弾く女』、アルノー・デプレシャン監督作品『キングス&クイーン』まで、フランス映画界で幅広く活躍した個性派俳優。息子フィリップ・ガレルの作品には83年『自由、夜』以降、数多く出演した。11年6月4日没。本作が遺作となった。
フィリップ・ガレルの妻であり、女優、脚本家、また監督としていくつかの短編を発表している。短編「火と血と星」は娘を主演に義理父モーリスと自身も出演し、ロカルノ国際映画祭ほか、多くの映画祭で高く評価された。ガレル作品『恋人たちの失われた革命』には出演している。
1934年2月15日ベルギー・リエージュ生まれ。ジャン=リュック・ゴダール監督、ジャン=ピエール・レオー主演のモノクロ作品『男性・女性』や、アンナ・カリーナ、マリアンヌ・フェイスフルなどが出演した『アンナ』、クリス・マルケル、ジャン=リュック・ゴダール、アニエス・ヴァルダなどが集結したベトナム反戦を訴えるドキュメンタリー『ベトナムから遠く離れて』にも参加する。67年にはイエジー・スコリモフスキの『出発』、75年にミュージシャン、俳優として活躍していたセルジュ・ゲンズブールが、当時の妻ジェーン・バーキンを主演に監督デビューを果たした衝撃作『ジュ・テーム…』なども手掛けた。
1942年3月9日イギリス・ウェールズ生まれ。ロンドン大学で学んだ後に、アメリカに渡る。65年にルー・リードと出会い、アンディ・ウォーホルの企画によるユニット「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」を結成。ここにニコが参加し、ガレルとも知り合う。「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ」、「ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート」を発表後、ルーとの対立が強まり脱退。70年よりソロ活動を開始させ、テリー・ライリーやブライアン・イーノらと共演、音楽プロデューサーとしてストゥージズ、パティ・スミスなど様々なアーティストと仕事を行う。90年にはルー・リードとの共作アルバム「ソングス・フォー・ドレラ」を発表。93年のヴェルヴェット・アンダーグラウンドの再結成にも参加した。ジョナサン・デミの依頼で映画音楽を始め、86年にジョナサン・デミ作品『サムシング・ワイルド』、96年にメアリー・ハロン作品『I SHOT ANDY WARHOL』、ジュリアン・シュナーベル作品『バスキア』などを手掛ける。ガレル作品は『愛の誕生』、『夜風の匂い』に続く3作品目となる。