カンヌ、ヴェネチア、ベルリン――世界の3大映画祭を賑わし、ヨーロッパで絶大なる人気を誇るホン・サンス。そのスタイルは韓国のゴダール、ロメールの弟子と評されるほどである。恋する男女の姿を軽妙に、そしてウィットに富む、粋な会話を通して描く、ホン・サンスの類を見ないスタイルは、「フランスのヌーヴェル・ヴァーグの映画作家たちが、映画についての映画を撮っていた、ヨーロッパの1960年代を思いおこさせる」(ムーヴィー・ハビット誌)と偉大な映画監督たちと並び評される程である。2003年春、それまでの作品がパリで一般公開されたことをきっかけに、映画誌はこぞって特集を組むなど、ホン・サンスの名前が一気に知れわたることとなった。それ以降コンスタントにヨーロッパで作品が公開されている。中でも『ハハハ』は批評家や各メディアから絶賛され、カンヌ国際映画祭ある視点部門グランプリを受賞しただけでなく、パリで大ヒットを記録し多くの観客の共感を得た。
ホン・サンスはどこにでもいる男女の、何気ない恋愛のやりとりやひとコマを一貫して描いているにもかかわらず、発表する作品が常に映画祭に出品されている。2008年『アバンチュールはパリで』以降、今回上映される『よく知りもしないくせに』、『ハハハ』、『教授とわたし、そして映画』、『次の朝は他人』の4作品、そして最新作『3人のアンヌ』(12年カンヌ国際映画祭のコンペティション部門 【2013年公開予定】)まで、6作連続でカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの3大映画祭に出品を果たしている。一見たわいのない恋愛の奥底に見える人間の真理。世界がホン・サンス・マジックに酔いしれている。
クレール・ドゥニ(『パリ、18区、夜。』『ガーゴイル』)、前カイエ・デュシネマ編集長のジャン・ミッシェル・フロドンなど国際的な名だたる映画作家や評論家から絶大なる評価を受けているだけでなく、本国でもイ・チャンドン(『オアシス』『ポエトリー アグネスの詩』)、キム・ギドク(『サマリア』『春夏秋冬そして春』)、ポン・ジュノ(『殺人の追憶』『母なる証明』)といった韓国を代表する映画作家たちから一目を置かれる存在である。韓国のみならず、世界的にも重要な映画作家であると位置づけられているのだ、ホン・サンスは。
ホン・サンス映画の魅力——その最たるものは、登場する個性的なキャラクターを演じる俳優たちの自然かつ自由で伸びやかな演技だ。ホン・サンスの独特なスタイルは、自ら書き上げた脚本があるにもかかわらず、俳優やスタッフにも撮影当日の朝にならないと見せないという手法にも現れている。一見、即興的に作られているように見えて、アドリブは一切なく、緻密に構築されているのだ。事前に演技プランを考えることが出来ない俳優たちは、セリフをライブ的に口にし、登場人物に新たな命を吹きこむ。従来の映画作りに慣れた俳優にとっては、困難を伴う作業だろう。しかし、ホン・サンスの映画に出演する名だたるスターたちは、彼らがこれまで出演した映画とは全く異なる、魅力的で新鮮な表情を見せる。ホン・サンスの演出が俳優たちにも大きな刺激となっている証しである。
『教授とわたし、そして映画』に出演したイ・ソンギュン(「コーヒープリンス1号店」)は「撮影当日の朝に台本が渡される。だからセリフよりも演技の呼吸を生かすのに集中するしかない」と刺激に満ちた撮影現場の雰囲気を語っている。また韓国を代表する名女優で『ハハハ』で初めてホン・サンス作品に出演したムン・ソリ(『オアシス』)も「ホン・サンスは私を自由にしてくれた人だ」と、ホン・サンスを讃えている。
さらにホン・サンスは最新作『3人のアンヌ』(2013年公開予定)でフランスの名女優イザベル・ユペールを主演に迎え、現代フランス映画を代表する女優との新たなコラボレーションにも挑戦。その斬新な試みは今年のカンヌ国際映画祭に集った批評家や観客たちに絶賛された。
"恋する女""恋する男"に向けられるまなざし――ホン・サンス作品の大きなテーマでもある。そのまなざしは、今回上映される4作品で、さらに進化し、より軽妙により自由な作風に向かっている。
『よく知りもしないくせに』では"過去の恋"、『ハハハ』では"一目惚れ"、『教授とわたし、そして映画』では"三角関係"、『次の朝は他人』では"出会いと別れ"――性別や年齢を問わず、誰もが経験し得る、恋愛のシチュエーションを軽やかに描く。
また特筆すべきは、登場する女性の美しさだ。これまでのホン・サンス作品は、男たちの話しで、男の視点から作られたものが多かった。しかし、この4作品はどうだろう。『よく知りもしないくせに』の主人公のギョンナムが再会するかつての恋人スンの奔放さ、『ハハハ』でムンギョンが一目惚れする観光ガイド、ソンオクの肉感的な存在、『教授とわたし、そして映画』のふたりの男を翻弄するオッキ、『次の朝は他人』のバーのオーナーのミステリアスな佇まい―。いま、この時代を生きている女性たちの、ありのままの姿を、ホン・サンスはスクリーンに焼きつけようとしているのだ。
いまここにしかない恋愛を謳歌する"男性・女性。" 我々は一瞬たりとも、ホン・サンスの映画から目が離せない。