INTRODUCTION

どんな場所でも、どんな夜でも、かならず朝は来る

9.11から20年、戦争に翻弄され、分断された世界
しかしそこには、夜の暗闇から一条の光を待ちわびる人々のささやかな営みがあった

『国境の夜想曲』は、ドキュメンタリー映画の名匠ジャンフランコ・ロージの最新作だ。第77回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に選出され、ユニセフ賞、ヤング・シネマ賞 最優秀イタリア映画賞、ソッリーゾ・ディベルソ賞 最優秀イタリア映画賞の3冠を獲得した。

本作は3年以上の歳月をかけて、イラク、シリア、レバノン、クルディスタンの国境地帯で撮影された。この地域は2001年の9.11米同時多発テロ、2010年のアラブの春に端を発し、今年2021年8月のアメリカのアフガニスタンからの撤退とそれに伴う悲劇に至るまで、現在と地続きで、侵略、圧政、テロリズムが数多くの人々を犠牲にしている。そんな幾多の痛みに満ちた地をロージ監督は通訳を伴わずにひとり旅をし、そこに残された者たちの声に耳を傾け続ける。

戦争で失った息子を想い哀悼歌を歌う母親たち、ISIS(イスラム国)の侵略により癒えることのない痛みを抱えた子供たち、政治風刺劇を演じる精神病院の患者たち、シリアに連れ去られた娘からの音声メッセージの声を何度も聞き続ける母親、夜も明けぬうちから家族の生活のため、草原に猟師をガイドする少年。

平和な日常に生きる我々からは想像もできない、夜の闇のような絶望に満ちた生活。4つの地域を映しながらも、映画の中ではその地域を明示しない。それは、国境の向こうでもこちら側でも、どちらにも同じように“ただ毎日を生きる人々”がいるからだ。油田と、銃声と、軍隊の行進と隣り合わせの世界。そこに暮らしているからこそ感じられる一条の希望と、懸命に生きようとする人々の姿が確かに見えてくるはずだ

ベルリン、ヴェネチアをドキュメンタリー映画で初めて制した名匠ジャンフランコ・ロージが
美しくも詩情豊かな映像とともに照らし出す、痛みとその先にある希望

ジャンフランコ・ロージは、2013年度ヴェネチア国際映画祭金獅子賞『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』、2016年度ベルリン国際映画祭金熊賞、2017年度アカデミー賞®長編ドキュメンタリー賞ノミネート『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』でベルリン、ヴェネチアをドキュメンタリー映画で初めて制し、アカデミー賞®ノミネートも果たした名匠。『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』では、ローマを囲む環状高速道路の周辺につつましく暮らす市井の人々、続く『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』では、イタリア最南端にあるランペドゥーサ島の島民と、その島に中東やアフリカから命懸けで辿り着いた難民や移民の姿とを対比して描いた。

本作の原題「NOTTURNO」は、「夜想曲」あるいは「夜」を意味するイタリア語である。「『国境の夜想曲』は光の映画であり、暗闇の映画ではありません、人々の驚くべき、生きる力を物語っています。この映画は戦争の闇に陥った人間への頌歌です」とロージ監督は言う。

ロージ監督はインタビューやナレーション、テロップなど通常のドキュメンタリー映画で使用される手法を一切用いず、その場所で暮らす人々や、風景の中にカメラを構え、話を聞き、ただ静かに彼らを見つめる。そこに腰を据え、彼ら自身が語り始めるのを待って、はじめて紡がれる真実の言葉。テレビやインターネットで毎日流されるニュースでは決して報道されることのないその地を生きる人々の日々の営み。悲しみの中でも輝きを放つ“生”を映し出したその映像の詩的な美しさに誰もが圧倒される。それこそが本作を唯一無二の至高の作品と至らしめる理由だ。

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