1980年以降の中国で大きな問題となっている誘拐と人身売買。その被害者の多くは子どもだ。2013年、中国中央人民放送は毎年20万人の子どもが誘拐されていると発表。だがこの推定数はあくまで控えめに算出された数字だと言われる。誘拐された子どもの価格は5000ドルから13,000ドルで、その多くは数十人から数百人のメンバーを抱える巨大な犯罪組織によって取引されている。
劇中、ジュアンが「子どもを救うための貴重な時間を無駄にした」と警察を責めるシーンがあるが、警察は24時間以上経たないと子どもの行方不明を事件として扱わない。そのあいだに誘拐された子どもたちは何人もの売人の手を渡り、長距離を移動するため追跡が不可能となることが多い。
児童誘拐問題に対処するため、中国公安部には全国対誘拐特別部隊が存在し、行方不明児と両親とのDNAをマッチングするデータベースがあり、「宝貝回家(大事な子どもが家に帰る)」などの市民団体との協力体制が敷かれている。こうした団体はSNSやインターネットを駆使し、行方不明児たちの最新データベースを公開している。救出された行方不明児が両親の元へ帰ることができたケースもあり、2011年、警察は8,660名もの子どもを救出した。
『最愛の子』が中国で公開されて以来、児童誘拐問題は国内で大きな注目を集め、刑法の改正法案により、誘拐された子どもや女性を買うことは重罪とみなすと規定された。
一人っ子政策は、世界中で物議を醸している中国の人口政策で、社会的、経済的、環境的問題を緩和するため、1979年に導入された。人口統計学者によれば1979年から2009年にわたり、少なくとも4億人の誕生を抑えたと算出している。違反すると罰金を払わねばならないが、そのため高額所得者たちは二人以上の子を出産することも。そのほかいくつかの例外規定が設けられており、農村部の夫婦であれば、第一子が女児の場合には第二子の出産が認められているほか、少数民族や外国籍であれば一人っ子政策の対象外となる。2013年11月にはさらなる緩和をはかり、片方の親が一人っ子であれば一人以上子どもを持つことを許可すると発表した。しかし、これらの規定に反した二人目の子どもは「黒孫子(へいはいつ)」と呼ばれ戸籍を持つことができず、そのため教育も医療も受けることができない。黒孫子の数は数千万から数億人と言われている。
2012年、中国の都市部人口は全人口の52.6%に達した。都市化が急速に進むなか、都市と農村の経済的格差は拡大し続けている。農村より都市で働く方がはるかに多くの収入を得ることができるため、農民は次から次へと都心に移住しており、現在2億人以上の出稼ぎ労働者が都市に働きに出て、労働力の主力を成していると言われている。しかし、中国の戸籍制度では、農村部戸籍を所有する者は都市部に移住しても都市戸籍を取得できないため、その結果、社会保障に加入できず、土地を購入することもできず、子どもは十分な公教育を受けることができない。
ポンポンの両親で、かつての夫婦であるティエンとジュアンも、ともに故郷の陝西省を離れ深圳にやってきた出稼ぎ労働者という設定だ。ティエンは下町でネットカフェを経営しているが、ジュアンは再婚し、キャリアウーマンとして深圳の中流階級に溶け込んでいる。二人のモデルとなった実在の夫婦は離婚していないが、劇中の彼らの離別は、「小さな町から大きな都市へ移住してきて、妻は成功し、夫は成功できなかった。愛情は薄れ、社会的・経済的格差を埋めることができない」という、中国の経済改革の結果として起こった社会的価値の変化を反映しての設定だという。
物語の舞台となっている深圳は広東省に隣接する都市だが、各地からの流入人口が多いため、広東省内とは異なり、標準語(北京語)がおもに使われている。ただし劇中ティエンの住む下町の人びとや、騒ぎを起こす若者たちは広東語、もしくは広東語まじりの標準語を話している。出稼ぎで陝西省から出てきたという設定のティエンとジュアンは出身地の陝西方言も話しており、ヴィッキー・チャオ演じるホンチンは、ヴィッキーが安徽省出身のため安徽方言と安徽なまりの標準語で話している。誘拐されるまでのポンポンは両親の使う陝西方言を話している(ティエンは「標準語をしゃべらせるよう」ジュアンから注意されている)が、発見された時は安徽方言を話している。
3歳のポンポンが歌うのは、「母の兄も母の弟もどちらもおじさん(他大舅他二舅都是他舅)」という陝西省など中国西北部の伝統劇「秦腔」の戯曲の一つで、童謡としても知られる歌。「白鹿原」(12/ワン・チュアンアン監督)や、ミュージカルコメディ『浮かれたゴミ屋さん』(09/アーガン監督)で本作にも出演しているホアン・ボーが歌うなど数々の映画やドラマにも登場している。「捜す会」のメンバーがたびたび歌うのは、台湾出身の歌手アンジェラ・チャン(張韶涵)の「隠形的翅膀(見えない翼)」。“私には見えない翼があるから絶望も乗り越えられる”という歌詞が印象的なこの歌は、2006年に発売されたアルバム「潘朶拉」の収録曲で、中華圏で圧倒的な支持を受け大ヒット。そして、本編の最後に流れるのは、アンディ・ラウ主演の香港映画「法外情」(85/ン・シーユン監督)の主題歌で、これまでさまざまな歌手によって歌い継がれている名曲「親愛的小孩(愛しい子ども)」。ヴィッキー・チャオ、トン・ダーウェイ、ホアン・ボー、ハオ・レイ、チャン・イーのキャスト5名が歌っている。
この映画は、ホアン・ボー演じるティエンのモデルとなったペン・カオフォン(彭高峰)の息子ウェンラー(文楽/ラーラー)が2008年3月25日に行方不明となり、2011年2月10日に両親の元に戻ったという話が基になっている。ヴィッキー・チャオ演じるホンチンのモデルとなったのは江蘇省に暮らすカオ・ヨンシア(高永侠)で、ジーガンに当たる娘は、ユエユエ(粤粤)。本編の最後にカオ・ヨンシアが深圳にある彼女の施設を訪ねるシーンが登場するが、ユエユエは2014年春、3年間預けられた里親の家に正式な養女として引き取られたという。ハンのモデルとなったスン・ハイヤン(孫海洋)は今も息子を捜し続けており、本編最後でペン・カオフォンが息子ラーラーに「もう一人のパパ」と言ったのは、このスンを指している。