1915年オスマン・トルコ、マルディン。アルメニア人鍛冶職人のナザレットは、美しい双子の娘ルシネとアルシネ、そして妻ラケルと幸せに暮らしていた。時々教会で懺悔をし、善き人であろうとする平凡で善良な男、ナザレットの宝物は、娘たちが自分の名前を刺繍してくれたスカーフだ。第一次世界大戦下、大家族での食事の話題は、戦争の情勢と、ある街で自分たちと同じアルメニア人が姿を消したらしい、ということだ。その夜更け、ナザレットは突然現れた憲兵によってたたき起こされた。着の身着のままで急き立てられ、ただ一つスカーフだけを手に、「心配ない、すぐ戻る」と娘たちに言い残したまま、ナザレットは一緒に住む兄弟と共に強制連行された。ナザレットの幸せだった日々はこうして終わりを告げた。
陽を遮るものもない灼熱の砂漠。強制連行された先で、男たちと共に奴隷のように働かされる毎日。その中でナザレットが目にしたのは、時に裸足で通り過ぎていくアルメニア人の老人と女性と子どもたちの行列だった。疲れ切ってボロボロになった彼らは、馬に乗った憲兵に家畜のような扱いを受けながら歩いていく。彼らが向かう先には、一体何が待ち受けているのか…。
ある朝、ナザレットたちはお互いに手と足を縄で繋がれ、谷底に連れて行かれた。命令されるまま、岩壁に向かって膝をつくと、「喉を切れ!引き裂け!」とナイフと剣による問答無用の処刑が言い渡された。あたりに、男たちの悲鳴が響く。それを掻き消すナイフの音…。隣にいた兄も首を切られ、ついにナザレットの首にもナイフが立てられた―。数時間後、意識を取り戻したナザレットは自分が生きていることに気付く。しかし、首の傷によってナザレットは声を失ってしまう。死にたくない!夜が明ける前に、仲間の死体をかき分け脱走するナザレット。
もう一度、家族に会いたい。それを果たすまで、この足を止めるわけにはいかない。その想いが彼の足を前に進めさせる。灼熱の砂漠をさまよい、乾きと飢えに襲われながら、必死に生き延びるナザレット。この世の地獄のような光景と再会を願った家族も死んでしまったという報せに、怒りと絶望に襲われ天を仰ぐナザレットだった。
「娘さんの無事はご存じですよね?」運命は再びナザレットに生きる希望をもたらした。死んでしまったとばかり思っていた娘たちが生きていた!!すぐに娘を探し始めるナザレット。15歳になる娘たちはどこにいるのか…。娘との再会を願う祈りにも似た思いは、声を失ったままにさまよう彼を、時に非情に、時に残酷にさえしながら、トルコの灼熱の砂漠からレバノン、キューバ、フロリダ、そしてはるか北アメリカのノースダコタへと導いていく。突然の別れから8年後、わずかな希望だけを胸に、雪の積もる荒れ地を歩くナザレット。果たして、彼の声は娘たちに届くのか ——。