ハリウッド進出のきっかけとなったのは、アレクサンドル・アジャ監督の『ハイテンション』(03)と、ジャッキー・チェン、スティーブ・クーガンと共演した『80デイズ』(04)。以降、アメリカとヨーロッパの両方で幅広い役柄を演じている。最新公開作は、クリント・イーストウッド監督『ヒア アフター』(11)。また、05年のカンヌ映画祭では開会式・閉会式の司会を務め、フランスで近年最も勢いのある女優のひとりである。
――『少年と自転車』のシナリオを初めて読んだとき、どう思いましたか?
シナリオのクオリティがとても高かったので、もう映画を見ているようでした。彼らの作品を特徴づけているのは、単純さの力です。この「父親を探し求める少年の物語」には、これ見よがしの効果がありません。その力は潜在的なもので、ほのめかし程度です。ダルデンヌ兄弟の映画は、教訓めいていないし、善悪の二元論を排し、観客の感情につけこむようなことをしないのです。シナリオにそれが現れていました。そこがとても気に入りました。
――ダルデンヌ兄弟は、サマンサをどういう人物だと言っていましたか。
彼らは心理的な説明をしたがりません。サマンサは善意に満ち、太陽のような人ですが、監督と話していてすぐに分かったのは、サマンサの善人ぶりを誇張してはいけないということでした。この物語は現代のおとぎ話であって、そこで私が演じるのは優しさと力強さを併せ持つ女性だけど、その動機はまったく分からないのです。最初、シリルはサマンサに惹かれているわけではなく、彼女が持っている、父を探しだせるかもしれない可能性に惹かれています。主人公はシリルで、サマンサは彼に仕えるのです。
――不満があったのですか。
とんでもない! 私は女優としてのある種の癖を忘れなくてはならない、ということがむしろ気に入りました。『少年と自転車』では、自分のエゴを脇に置いておかなくてはなりません。俳優としての演技なんて忘れなくてはいけない。彼らには、「洗練された魅力にノー!」、「スター・システムにノー!」、「すべては物語のために!」というところがあって、そこが気に入っています。
――ずっと彼らと仕事をしたいと思っていたのでしょうか。
そうです。彼らの、現実や社会の描き方はすばらしいと思います。それにダルデンヌ兄弟は、ベルギーそのものです! 彼らは計り知れない繊細さをもって、私たちの国を描いています。彼らの世界に入れるなんて、とても光栄です。映画作家の持つ世界が独特であればある程、彼らと接することで、私も豊かになるのです。
――撮影前の準備期間中に得たものはなんですか。
数え切れないほどたくさんあります。本能的に私は、サマンサをもっと優しい人にしようとしていました。しかし、ダルデンヌ兄弟とリハーサルを重ねて行くうちに、過度に母親っぽく見えないようになっていったのです。中立性を保つことが重要で、それには十分な準備が必要でした。クランクインする前に1カ月以上かけて、衣装をつけ、実際に撮影する場所でリハーサルしました。他の映画の撮影とはまったく違います。ダルデンヌ兄弟は、探究し、時間をかけるのが好きなのです。私もそうです。
――トマ・ドレとの共演はどうでしたか。トマはわずか13歳だったわけですが。
ダルデンヌ兄弟は、みんなを平等に扱う才能があるのです。私も「熟練した女優」の立場にいるとはまったく思っていませんでした。トマは私よりも前からリハーサルに参加していたので、私よりずっと先輩だったわけです。トマは、私より早く、自然に、登場人物そのものになっていました。彼には、それまでの経験をそぎ落とす必要がなかったのです。
――この経験は、あなたの映画理解を変えましたか。
この作品以後、抑制するのも、女優としてのテクニックの一つになりました。私はずっと創造すること、発明することが好きだったのですが、あえて演技しようとしない、という経験は、私のキャリアをこれまでになく豊かにしてくれました。
――本作で再びカンヌのコンペに参加されましたね。
『少年と自転車』でカンヌに再び来られたことを本当に誇りに思います。この作品は、私が何よりこだわりを持っているジャンルの映画です。この映画は、人間の住む世界をよりよく理解する助けとなってくれるのです。