ボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らすロマの一家は、貧しくも幸福な日々を送っていた。ある日、3人目の子供を身ごもる妻・セナダは激しい腹痛に襲われ病院に行く。 そこで医師から今すぐに手術をしなければ危険な状態だと、夫・ナジフに告げられた。しかし保険証を持っていないために、 鉄くず拾いで生計を立てている彼らにはとうてい支払うことのできない手術代を要求される。妻の手術を懇願するも病院側は受け入れを拒否。 「なぜ神様は貧しい者ばかりを苦しめるのだ」と嘆きながら、ただ家に帰るしかなかった・・・。家族を守るために奔走する無骨だか優しい眼差しのナジフ。 懸命に試練と向きあい、決して憤ることなく、大切な人と共に生きることの意味を静かに投げかける彼の姿に、観る者は心を揺さぶられるだろう。
戦争の愚かさを描いた『ノー・マンズ・ランド』で、アカデミー賞(R)外国語映画賞など数々の賞を受賞し衝撃のデビューを飾ったダニス・タノヴィッチ。 その後もエマニュエル・ベアールを始めとする名だたる俳優たちが共演した『美しき運命の傷痕』を発表するなど世界を舞台に活躍。 2011年に故郷ボスニア・ヘルツェゴヴィナの新聞で、ナジフとセナダに起こった“できごと“を知り「何としても映画にして、世間に訴えなければいけない」 と立ち上がった。ボスニア紛争の最前線で記録映像を撮っていたころのシンプルな手法に立ち戻り、たった1万3000ユーロの自己資金でわずか9日間の撮影を敢行。 実際の当事者であるナジフとセナダを出演させ、まるでドキュメンタリーのような緊張感のある映像世界を創り上げる。 夫婦の記憶を一緒に辿るドキュドラマという斬新なアプローチで、感情の機微を丁寧にすくい取る感動作を誕生させた。  
    2013年ナジフとセナダは監督から名前を取り「ダニス」と名付けた3人目の子供を抱えて、ベルリン国際映画祭に参加。 審査員であるウォン・カーウァイやティム・ロビンスに熱狂的に支持され見事に三冠に輝いた。その存在感で演技の経験が全くないにも関わらず、 銀熊賞・主演男優賞を受賞するという快挙を成し遂げたナジフは、地元のヒーローとなり本作をきっかけに保険証と定職を手に入れる。 一家の実人生をも大きく変えた奇跡の映画。