プロダクションノート

いよいよ内容のディテールを詰めながら、バタバタと同時並行で撮影の準備に入っていきました。メインの舞台としては、出不精な主人公が自然に子供と交流が生まれる場所が必要で、学校帰りの子どもたちが集まるところとして浮かんだのがスポーツ用品店でした。イメージにあうシチュエーションを関東近郊で探し、甲府フィルムコミッションのご協力で見つけたのが、“甲府スポーツ”。あの店舗は今も実在する“甲府スポーツ”さんをそのままお借りして撮影しています。現在は店舗としてのみ使用している一軒家の、今は倉庫としてのみ使用している部屋までフル稼働させていただき、おかげでセット撮影では出す事のできない実家のどこか窮屈でありながら居心地の良い独特の空間を表現する事が出来ました。

最初の撮影は10月上旬に行われました。製作スケジュール上、3日間で秋編と冬編を撮影するという非常にタイトな状況の中、撮影の芦澤明子さん、美術の安宅紀史さんをはじめ、日本映画界で活躍する最高のスタッフが集合し、半径200メートル以内で展開するタマ子の世界を現実味溢れる深みと温度感で具現化してくれました。

山下監督に全幅の信頼を寄せる前田さんは、タマ子の表情に乏しく、何を考えているのかよくわからないというキャラクターに対しても気構えることなく自然体で臨み、監督からの現場で積み上げていく細かい指示にも瞬時に対応する勘の良さで応え、着々とタマ子を作り上げていきました。

父・善次に扮する康すおんさんは『リアリズムの宿』や『マイ・バック・ページ』など山下作品の常連であり、山下監督曰く「プロフェッショナルが似合う男」。年頃の娘と二人で暮らす父の心持ちを絶妙の距離感で表現してくれました。またタマ子の生活に巻き込まれる中学生・仁には新人の伊東清矢くんを抜擢、朴訥とした存在感でタマ子ワールドに笑いを提供してくれました。タマ子の伯母・よし子に扮する中村久美さんは、衣装合わせでも色々なアイデアを出しながら一緒にキャラクターを肉付けしていただき、父娘2人の日常に自然に関わり、タマ子が心を許せる数少ない相手を演じてくれました。

続いて春編は年が明け2013年4月に撮影が行われました。撮影の池内義浩さんほか、春編から新たに参加したスタッフと共に、再びこの世界に入っていける喜びを一同噛みしめながら準備を進める中、現場に現れた前田さんは、その瞬間から凝縮された“タマ子オーラ”を放っていて、この数カ月の間での女優としての充実した経験を感じさせられました。

春編は自分なりの決意を持ちながら、かなり意外な就職(?)活動を始めるタマ子の意外な行動力と、それにちょっとだけ翻弄される人たちのお話ということで、秋冬の落ち着いたテンションより若干アクティブな雰囲気を持つパートになっていますが、仁役の伊東くんは年が変わって中学生となり、育ち盛りならではの成長ぶりで更に面白味を増し、長期間撮影ならではのリアルなニュアンスがこんなところでも発揮されています。

6月中旬に夏編の撮影が行われました。関東地方は梅雨の真っただ中、スタッフ一同かなりの覚悟を決めてロケに臨みましたが、そもそも甲府は盆地という土地柄ゆえに年間降水量は日本有数の少なさだそうで、撮影に支障をきたすような大雨はなく順調に進んで行きました。

夏編は完結編であり、またほかの季節に比べて長尺なのでドラマ性も高く、新たに重要なキャラクターが登場します。その物語のキーになる新たな人物として、富田靖子さんが父の再婚相手候補としてあらわれ、タマ子の心をざわつかせたり、鈴木慶一さんが善次の兄、つまりタマ子の伯父さんとして登場しました。山下監督とはとある作品でお互い役者として共演したことがあり、今回は短い出演ながら善次の兄らしく飄々としながらも本家の長としての貫録が感じられる人という監督の期待を見事に体現してくれました。

クランクアップを迎え、前田さんは「この現場が終わるのが寂しいです。物語に添いながら、約9カ月に渡って撮影できたのはとても貴重な体験でした」と語ってくれましたが、そこに携わったみんなが同じ気持ちでいた、温かく楽しい現場でした。

最終的な仕上げは8月。長編映画化をするにあたり、劇場のサウンドシステムで季節感、生活感を感じられるように、音響を5.1chでミックスするなど、山下監督の徹底したこだわりは最後まで手を緩められる事なく作業は進められました。またこの作品は基本的に劇伴としての音楽を使用していませんが、季節のタイトル部分には、本編のスチール撮影を担当していただいたフォトグラファーの細川葉子さんの季節のスナップと共に、話題のダブ・ユニット、“あらかじめ決められた恋人たちへ”の池永正二さんにサウンド・ロゴを作っていただきました。池永さんの得意とする、浮遊感の中にユーモアとペーソスが感じられる音は、作品の中の句読点として素晴らしい効果を上げています。

参加したすべてのスタッフ、キャスト全員で、文字通りの手作業で作り上げたささやかでちょっと無愛想だけど、愛おしいタマ子の世界を、皆さんにも可愛がっていただければ幸いです。

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