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ヴェルクマイスター・ハーモニー

INTRODUCTION
世界に衝撃を与えたラディカルでパンクな傑作が4Kで蘇る。
『ニーチェの馬』を最後に56歳という若さで映画監督から引退したタル・ベーラ。伝説的な7時間18分の『サタンタンゴ』の直後に発表され、日本での初劇場公開作となった『ヴェルクマイスター・ハーモニー』が4Kレストア版で蘇る。
本作をきっかけに2001年にニューヨーク近代美術館(MOMA)でタル・ベーラ監督の特集上映が組まれ、ジム・ジャームッシュ、ガス・ヴァン・サントなどを驚嘆させ、同年のヴィレッジ・ヴォイス誌が選ぶベスト・ディレクターにデヴィッド・リンチ(『マルホランド・ドライブ』)、ウォン・カーウァイ(『花様年華』)と並んで、タル・ベーラが選出されるなど、世界に衝撃を与えた記念碑的作品である。ファスビンダー作品のミューズとも言えるハンナ・シグラが物語の重要なカギを握る役で出演しているのも見逃せない。
破壊とヴァイオレンスに満ちた、漆黒の黙示録
ハンガリーの荒涼とした田舎町。天文学が趣味のヤーノシュは老音楽家エステルの身の回りを世話している。エステルはヴェルクマイスター音律を批判しているようだ。
彼らの日常に、不穏な“石”が投げ込まれる。広場に忽然と現れた見世物の“クジラ”と、“プリンス”と名乗る扇動者の声。その声に煽られるように広場に群がる住人達。彼らの不満は沸点に達し、破壊とヴァイオレンスへと向かい始める。。
全編、わずか37カットという驚異的な長回しで語られる、漆黒の黙示録。扇動者の声によって人々が対立していく様は、四半世紀前の製作ながら、見事なまでに現在を予兆している。
DIRECTOR
監督・脚本
タル・ベーラ
1955年ハンガリー、ペーチ生まれ。哲学者志望であったタル・ベーラは16歳の時、生活に貧窮したジプシーを描く8ミリの短編を撮り、反体制的であるとして大学の入試資格を失う。その後、不法占拠している労働者の家族を追い立てる警官を8ミリで撮影しようとして逮捕される。釈放後、デビュー作『ファミリー・ネスト』(77)を発表。この作品はハンガリー批評家賞の新人監督賞、さらにマンハイム国際映画祭でグランプリを獲得した。
その後、ブダペストの映画芸術アカデミーに入学。在籍中に『アウトサイダー』(81)、アカデミーを卒業後に“Prefab People”(81)を発表。卒業後はMAFILMに勤務した。79年から2年間、ブダペストの若い映画製作者のために設立されたベーラ・バラージュ・スタジオの実行委員長も務めた。
「秋の暦」(84)で音楽のヴィーグ・ミハーイと、『ダムネーション/天罰』(88)では作家のクラスナホルカイ・ラースローと出会い、それ以降すべての作品で共同作業を行う。
1994年に約4年の歳月を費やして完成させた7時間18分に及ぶ大作『サタンタンゴ』を発表。ベルリン国際映画祭フォーラム部門カリガリ賞を受賞、ヴィレッジ・ボイス紙が選ぶ90年代映画ベストテンに選出されるなど、世界中を驚嘆させた。続く『ヴェルクマイスター・ハーモニー』(2000)がベルリン国際映画祭でReader Jury of the “Berliner Zeitung”賞を受賞、ヴィレッジ・ボイス紙でデヴィッド・リンチ、ウォン・カーウァイに次いでベスト・ディレクターに選出される。2001年秋にはニューヨーク近代美術館(MOMA)で大規模な特集上映が開催され、ジム・ジャームッシュ、ガス・ヴァン・サントなどを驚嘆させると共に高い評価を受ける。
多くの困難を乗り越えて完成させた、ジョルジュ・シムノン原作の『倫敦から来た男』(07)は見事、カンヌ国際映画祭コンペティション部門でプレミア上映された。2011年、タル・ベーラ自身が“最後の映画”と明言した『ニーチェの馬』を発表。ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)と国際批評家連盟賞をダブル受賞し、世界中で熱狂的に受け入れられた。
90年以降はベルリン・フィルム・アカデミーの客員教授を務め、2012年にサラエボに映画学校film.factoryを創設。2016年に閉鎖した後も、現在に至るまで世界各地でワークショップ、マスタークラスを行い、後輩の育成に熱心に取り組んでいる。フー・ボー(『象は静かに座っている』)や小田香(『セノーテ』)などの映画監督が彼に師事しており、2021年カンヌ国際映画祭でA24が北米配給権をピックアップして話題となった『LAMB/ラム』のヴァルディマー・ヨハンソンもfilm.factoryの出身。タル・ベーラは同作のエグゼクティブ・プロデューサーも務めている。
インスタレーションや展示も積極的に手掛け、2017年にアムステルダムのEye Filmmuseumで“Till the End of the World”、2019年にはウィーンで“Missing People”を開催している。
COMMENT/REVIEW
暴力はどこから来てどこへ向かうのか。
それを時間をかけて追い続けるカメラと狂ったように繰り返される音楽。
現代における行進曲の様な役割をする音楽は一体どんな音楽なのだろうと
銃を片手にハンナシグラと踊る警視長を観ながら考えた。
ありとあらゆるものを麻痺させる音楽。
多様化の中で生まれたヴェルクマイスターハーモニー。
平均化、多様化の中で破壊と思考停止は進む一方だ。
ただはみ出すだけでは、それは相対的なものになるので
それもまた平均化され思考停止への一途を辿るだけになってしまう。
多様性という名のレッテル貼り。監視する社会で全体主義は進む。
本物の多様性は際限なく違いを認識し続けるしんどいものだ。
常に移ろい続ける人や事象との対話の中でわかっていないかもしれない、
と思い続ける事は冒頭の天体の話、
永遠についての話とも繋がってくる。
しかし永遠は冷たく、共感とは程遠い。
すがるように映画の中のノイズにひたすら耳を傾けた。
石橋英子ミュージシャン
うっとりするほど幽玄で、
それでいて荒々しさのある長回しのカットに何度も声を漏らした。
だが終始緊張は解けず、
思いもよらない出来事が身に降りかかるまでの想像力を試されていたと気づく。
この映画に充満する負荷に思いを巡らせれば、
日本で生きる私たちの生活、
2024年の世界に降りかかっている出来事に符合する。
私たちが日々、画面越しに見ているものは映画ではない。
そう言われているような、張り詰めた夢だった。
君島大空ソングライター/ギタリスト
普段、みんなが信じているものは穴だらけで
その穴はクジラが入るほどデカイんだよ
しりあがり寿漫画家
多分、人間が死んだ直後、
この世に少し留まる時間があるのなら、
この映画の目線のように、
人間達の葛藤と愚かさを空中に浮きながら観るのかもしれない。
全体が長回しの映画。
全ての絵の構図が展覧会にあるような名画のよう。
それが動いている、ゆっくりと、ふわふわと浮きながら。
目の前で静かに、熱く、破滅に向かってのドラマが行われている。
観ている僕らは冷静に、浮きながら眺めている。
それでいてこの映画はSF映画だと思う。
藤倉大作曲家
『ヴェルクマイスター・ハーモニー』は、忘れられない素晴らしい体験だ。
催眠術のように染みわたり、“夢”へと導いてくれる。 
ジム・ジャームッシュ
私はタル・ベーラの作品に影響を受けてきた。
タル・ベーラの作品は、
まるで新しい映画の誕生に立ち会っているかのように感じさせてくれる。
そして本当の意味で 「人生」を刻んでいる。
彼は数少ない「視覚的」映像作家だ!     
ガス・ヴァン・サント
タル・ベーラの映像世界は、挑発的で、
誰にも真似できない。逃げ場を与えず、映画に没頭させる。
彼の作品はまぎれもなくハンガリーを舞台にしているが、
ある特定の文化や社会的環境の外にある空間的な人類の有り様、
魂のあり方を隠喩的に探求しようとする。
正確さが曖昧さと深淵なことに道を譲り、
カオスが規律に、そして組織が無秩序に溶けてゆく。
J・ ジャンセンニューヨーク近代美術館 アシスタントキュレーター
奇妙で、素晴らしくて、ウィットに富んでいて、不穏な空気に満ちている。 
Time Out
無秩序は世界の秩序の一部なのか?
腐敗や崩壊に美は存在するのか?歩み寄ることのない世界の解釈に、
タル・ベーラは映像で問いかける。
和音も不協和音も音楽の一部なのだ。
秩序とカオスが世界の最も基本的な構成要素であるように。   
Le Monde