プロダクションノート

2010年、夏。東京・アットムービー会議室。

僕は劇団スパイスガーデンの会議で「次の本公演はカッコ良くて面白いもの」というコンセプトを打ち出した。応援団、アイドルと過去2回の本公演を真逆に振り切った後だっただけに、次は何をやるべきかを悩んでいた。「例えば…『シャッフル』みたいなタイトルのね」と思いつきで発した言葉に劇団員たちが「いいですね!」と食いついた。これが『シャッフル』の始まりだった。

2010年10月。東京・某稽古場。

僕は頭を悩ませていた。『シャッフル』というタイトルと「カッコ面白い」というコンセプトだけを無茶ぶりしてしまった自分を後悔していた。初動の数ページだけでは舞台版の台本は展開が全く読めず、劇団員も僕も混乱していた。毎日少しずつ書き上がって来るのが舞台の台本というもの。しかし、この時点から及川拓郎の罠にかかっていたのだと後々気付くのだ。通しで上がった台本を持って夜中のファミレスで僕は及川氏にこう言った「混乱の極みだよ」と。まさしく一度読んだだけでは分からない脳内がシャッフルされる台本だったのだ。その後、劇団員とのディスカッションの末、舞台版『シャッフル』が形作られていく中で、「これは傑作だ」と確信し、僕の中に「映像化」という意識が芽生えていくのを感じていた。

プロダクションノート

2010年11月。東京・千本桜ホール。

舞台版『シャッフル』は無事、幕を明けた。100人足らずの客席数の小劇場で、全19公演を休み無しで駆け抜けた。その内容からリピーター続出の舞台となり、1500人近い人たちが舞台版の目撃者となった。初動の混乱から打って変わって、公演終了後の打ち上げでは「この作品を映像化しようと思う」と僕は宣言していた。

2011年2月。アットムービー会議室。

映画『シャッフル』の台本打ち合わせが及川監督との間で佳境を迎えていた。舞台から映画にするという大命題がつきまとい、台本作りは大迷走した。「映画なんだからといって、映画っぽいシーンを入れることが正しいのか?」「これじゃ映画にならない」こういった局面に諸先輩方もきっと直面していたのだろう。僕は最終的には「舞台が原作なんだから、原作の良いところは残して、ダメだったところを良くして映画にしたい」とお願いした。クランクインまでもう時間がない。だが、改訂を重ねた及川監督の脚本はとても良いものになった。そしてその台本に吸い寄せられるように素晴らしいキャストが集まることになる。

プロダクションノート

2011年3月。御殿場・某倉庫内。

僕らは寒さに震えていた。『シャッフル』映像化宣言から早4ヶ月。金子ノブアキ、賀来賢人、鎌苅健太、ムロツヨシ、市川亀治郎という5人があの『シャッフル』のキャラクターたちを震えながら演じていた。キャスティングしておきながら「凄いメンバーが集まったな」と思いながらその姿を眺めていた。3月だというのに気温零度近い倉庫の中は息も凍りそうな寒さだ。この寒さの中とスケジュールの無い中での過酷な撮影が続く。ワンシチュエーションものだということもあり、ワンシーンワンシーンの長さがハンパ無く長い。鎌苅くん演じるエドにいたっては長台詞のオンパレード。一日に台本にして約20ページ近くを撮り上げなければこの旬な俳優陣のスケジュールも予算もはまらない。しかし、この5人には頭が下がった。朝から深夜まで続く撮影の中、誰一人不満を漏らさず、もの凄いチームワークで撮影に臨んでくる。それはまさしく映画版とはいえ、舞台の芝居を作り上げていく感じに近い空気感だった。及川監督の頭の中を覗こう、探ろうとするキャスト陣の集中力はもの凄いものだった。夜中の2時過ぎに撮影が終わり、翌朝早朝からの撮影にもかかわらず、台詞の意味やシーンの狙い、意図された仕掛け等についてかなりのディスカッションがなされていった。

プロダクションノート

コメディー、サスペンス、張り巡らされた伏線…。ほんの少しでも芝居の意図が別の形で伝わってしまうと全体の計算が狂ってしまう。キャストと監督、スタッフが寒さや時間と闘いながらワンシーンワンシーンを大切に撮り上げていく。金子くんが撮影中に言った「何なんだろう?この作品。なんか芝居も含めて振れ幅が物凄く大きい。さっきまであんなにふざけていたのに、突然シリアスな顔して演じてる。ちょっと今までになかった感覚の中にいます」と。舞台版に足りなかったものが映画版のキャスト・スタッフたちによって確実に補完されていくのを感じた。また、舞台版には実像としては登場しない牧野カオリ役に中村ゆりさん。そして、森の窃盗団を追う刑事役に光石研さん。今回、体当たりの演技に挑戦してくれた吹田早哉佳さん、そして及川組の常連として参加してくれた片桐仁さんらが映画に華を添えて下さいました。(本当に感謝しています!)

プロダクションノート

2011年3月11日午前2時半。御殿場。

映画『シャッフル』はクランクアップした。撮影分量からして、撮り上げること自体が奇跡のようだった。セット内はもの凄い盛り上がりを見せた。全員が何かを成し遂げたという満足感でいっぱいだった。その約12時間後に震災が東日本を襲った。僕らはその後、しばらく会えなくなり、映画は仕上げ段階に突入した。仕上げ自体も震災の影響を受けながら進行していった。編集段階では、劇中の災害に関する表現についての議論がなされた。途中、及川監督と僕と5人のキャストたちが一度集合し、そのことについて話し合いを持った。劇中の台詞表現の必要性と自分たちの想いの中で葛藤もしたが、最終的にある形に辿り着いた。舞台版から始まったこの映画はそんな紆余曲折を経て、2011年5月13日にイマジカの試写室で無事初号を迎えた。 舞台初日から約半年にして誕生した奇跡の映画だと僕は信じている。