映画の極北に屹立する、伝説の7時間18分が25年の時を経て蘇る。
『ニーチェの馬』(2011)を最後に、56歳という若さで映画監督からの引退を表明したタル・ベーラ監督。彼が4年の歳月をかけて完成させた伝説の傑作『サタンタンゴ』(1994)が、製作から25年を経て、日本で初めて劇場公開される。ジム・ジャームッシュ、ガス・ヴァン・サントといった映画監督たちに大きな影響を与え、ルーヴル美術館やニューヨーク近代美術館(MOMA)でも上映された7時間18分の大作が、35ミリフィルムにこだわり続けてきたタル・ベーラが初めて許可した4Kデジタル・レストア版で蘇る。本作は、製作から25年経った現在でもロッテントマトで批評家からの100%評価を維持し続けている映画史に残る傑作である。
救世主がやって来る。悪魔のささやきが聞こえる。
経済的に行き詰まり、終末的な様相を纏っている、ハンガリーのある村。降り続く雨と泥に覆われ、村人同士が疑心暗鬼になり、活気のないこの村に死んだはずの男イリミアーシュが帰ってくる。彼の帰還に惑わされる村人たち。イリミアーシュは果たして救世主なのか?それとも?
2015年に世界的権威のある英文学賞ブッカー国際賞を受賞したクラスナホルカイ・ラースローの同名小説が原作。タンゴのステップ<6歩前に、6歩後へ>に呼応した12章で構成され、前半の6章は複数の視点で一日の出来事が描かれ、後半の6章はイリミアーシュが戻ってきてからを描いている。
デビュー以来一貫して人間を、そして世界を凝視し見つめ続けてきたタル・ベーラ。本作でも秩序に縛られ、自由を求め、幻想を抱き、未来を信じ、世界に幻滅し、それでも歩き続ける人間の根源的な姿を詩的かつ鮮烈に描いている。
雨が降り始めた。もう、春が来るまで降り止まない―。
驚異的な長回しで描かれる、美しき映像黙示録。
準備に9年、2年におよぶ撮影、完成まで4年かけた『サタンタンゴ』は7時間18分という長さながら、全編約150カットという驚異的な長回しの映像で構成されている。人が歩く後ろ姿、酒場で踊る人々、荘園に着いた村人たちの表情、牛のゆっくりとした歩み、広場を駆ける馬といったシーンで長回しの威力が遺憾なく発揮されている。
本作は1994年ベルリン国際映画祭フォーラム部門でワールドプレミアされ、独創的な作品に対して与えられるカリガリ賞を受賞。25年前に製作された作品ながら、イリミアーシュと、彼の言葉によって動かされる村人たちの姿は、まさしく現代社会で起こっていることを想起させ、あたかも世界の行く末を予言しているかのようである。
4Kデジタル・レストア版は、40,000フィートにおよぶオリジナル35ミリネガプリントを4Kスキャンし、300時間以上かけて傷や汚れを取り除きながらも、オリジナルフィルムの質感を可能な限り残して制作され、ワールドプレミアから25年後の2019年ベルリン国際映画祭フォーラム部門で初披露された。
驚異的な長回しで描かれる、美しき映像黙示録。