男は女にドレスを着せることを望み、女は男を丸裸にしたいと願った 。1950年代のロンドン。唯一無二のデザインと職人技術で英国の高級婦人ファッション界の中心に君臨する仕立て屋のレイノルズは、ウェイトレスのアルマと惹かれ合い、彼女を新たなミューズに迎える。レイノルズにとってミューズは創作に不可欠なインスピレーションと一時の癒しをもたらす存在、それ以上でもそれ以下でもないはずだった。しかし若く情熱的なアルマは、恐るべき愛の力でレイノルズの心に入り込み、彼が長年かけて築き上げた孤高の領域をかき乱していく̶̶。運命の恋に落ちた男女は、相手をどこまで自分のものにできるのか?愛に屈し、自分を失うことは悦びか悲劇か?やがて狂い始める二人の関係は、“ある秘密”を抱きながら激しさを増していき、誰もが想像し得ない境地にたどり着く。極上の恋愛にひと匙の媚薬を垂らし、観るものを虜にして離さない至高のドラマが誕生した。
主人公のレイノルズ・ウッドコックを演じるのは、『マイ・レフトフット』(89)、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)、『リンカーン』(12)で三度のアカデミー賞®主演男優賞に輝く名 優ダニエル・デイ=ルイス。徹底した役作りで知られるデイ=ルイスは、撮影前に約1年間ニューヨーク・シティ・バレエ団の衣装監督も務める裁縫師のもとで修業を積みながら、10年ぶり二度目のコラボレーションとなるポール・トーマス・アンダーソン監督の脚本執筆作業にも参加し、稀代のドレスメーカーを演じることに全身全霊を捧げた。その後、俳優業からの引退を発表して世間を驚かせたが、芸術の高みを目指すレイノルズ役 は、まさにデイ=ルイスの偉大なキャリアの到達点にふさわしい仕事だと言えるだろう。そして、そのデイ=ルイスに一歩も引けを取らない存在感を放つのが、アルマ役のヴィッキー・クリープスだ。ルクセンブルク出身でヨーロッパ映画を中心に活躍するクリープスは、若きウェイトレスが華やかなドレスをまとって瞬く間に垢抜けていく過程と、何者にも支配されない意志の強さを時に大胆に時に繊細に体現し、本作で国際的スターの座に躍り出た。さらに、レイノルズの生活を公私ともに管理する厳格な姉のシリル役として、『人生は、時々晴れ』(02)、『家族の庭』(10)などのマイク・リー監督作で高い評価を受けたレスリー・マンヴィルが出演。クリープスとともに、レイノルズをめぐる女二人の心理 戦をスリリングに魅せる。
本作『ファントム・スレッド』は、作品を発表するたびに熱狂的なファンを生み出し、『パンチドランク・ラブ』(02)、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)、『ザ・マスター』(12)で世界三大映画祭の監督賞を制覇したポール・トーマス・アンダーソンの長編第8作にあたる。これまではカリフォルニアを主な舞台に米国の文化や歴史を象徴する人間ドラマを撮って きたアンダーソンだが、往年のファッションデザイナーたちの仕事に関心を持ったことが きっかけで、本作では仕立て屋とミューズの関係に着目。第二次世界大戦後の英国 オートクチュール界を背景に、究極のラブストーリーを作り上げた。物語を彩る映像や美術、衣装も本作の大きな見どころだ。官能的で幽玄美あふれる映像は、撮影監督を立てずにアンダーソン本人がディレクションを担当。白を基調とした レイノルズのアトリエ「ハウス・オブ・ウッドコック」は、間取りから小物一つひとつに至るま で格調高さが漂い、夢の世界へと観る者を誘う。ヒロインやレイノルズの顧客である上 流階級の女性たちが着る優雅なドレスは、アンダーソンの全監督作品を手がけている 衣装デザイナーであり、『アーティスト』(11)でアカデミー賞®衣装デザイン賞他を受賞、本作でも見事アカデミー賞®衣装デザイン賞を受賞したマーク・ブリッジスがデザイン。ブリッジス率いる衣装チームは、1950年代の流行や各登場人物のバックグラウンドを綿密にリサーチし、50点もの衣装をゼロから仕立て上げた。そして、映画を構成する各要素を縫い合わせるかのように大半のシーンで流れる音楽は、レディオヘッドのメンバーとしても活動するジョニー・グリーンウッドが作曲。主人公たちの波乱に満ちた愛の駆け引きを盛り上げる。