予想だにしていなかった未曾有の状況を前に、人はどのように生きるのか―。
映画『家路』は、日本の原風景ともいえる厳しいながらも美しい自然の中で、農作物という命を育て、先祖代々受け継いできた土地を守りながら生きてきた、ある農家を描く。彼らにとって、土地を突然に奪われることは、故郷や生活の糧だけでなく、農民の誇りを失うということでもある。その事態に農家の長男として生きてきた兄は絶望し、苦悩する。それは誰の身にも起こりうる人間としての誇りや生き甲斐の喪失、そして人間という存在のか弱さをも映し出す。
また、無人の故郷に戻った次郎は、たった一人で田を起こし、苗を育てる。まるでわが子のように愛情を注ぐ次郎と、それに応えるように育つ青々とした稲をカメラがとらえ、生命や自然、そしてそれを育てる農業への畏敬を感じさせる。そしてまた、自らも自然の一部であることを忘れがちな現代人への問いを投げかけてくる。
そして、深い葛藤を抱えながらも、希望を見出そうとする家族の物語は、震災後の家族に焦点を当てながら、兄弟の愛憎、母と息子の愛情、父と子の葛藤、そして夫婦の絆も描き出す。また、福島の被災地と仮設住宅で行った綿密な取材によって得た実在の人物のエピソードを脚本に組み込み、立ち入り禁止区域に戻ってくる弟という非現実的ともいえる設定がありながら、多くの人の心に寄り添う内容になっている。
ドキュメンタリー出身の久保田監督ならではの確かな視点は、震災後の福島の被災地を舞台にしながらも、本作を“被災地の物語”にとどまらせず、「家族とは」「生きるとは」「人間の誇りとは」「命とは」と観るものに問いかける普遍的な物語へと昇華させた。
主人公・次郎役には、松山ケンイチ。葛藤を乗り越え、無人になった故郷で生きることを決意するその姿は、困難を乗り越える人間のたくましさを見事に体現する。兄の総一役には演技派俳優として映画やドラマ、舞台と幅広く活躍する内野聖陽。先祖代々受け継いできた土地と家業を震災によって失うという異常事態を前に戸惑い悩みながらも、生きぬく決意をする総一を、綿密な役作りで好演した。さらに、母・登美子役に日本屈指の女優田中裕子、総一の妻・美佐役に若手本格派女優の一人、安藤サクラ。そして、次郎の同級生・北村役に山中崇、総一の友人に田中要次と光石研、家族を支配する父親に石橋蓮司という魅力的な俳優たちが集結した。
監督は、ギャラクシー大賞をはじめ数々のドキュメンタリーの受賞歴を持つ久保田直。劇映画デビュー作となる本作では25年以上にわたるテレビドキュメンタリーのキャリアを通じて追いかけてきた「家族の姿」をフィクションで描く。脚本は『独立少年合唱団』(’00)『いつか読書する日』('05)の青木研次によるオリジナル。現地での綿密な取材をもとに、未曾有の事態を経験した人々が決して他人に伝えることのできない、心の奥底にしまわれた「感情」を丁寧に描き出した。
さらに、企画協力として是枝裕和と諏訪敦彦、音楽に作曲家・ピアニストとして活躍し数々の賞を誇る加古隆が参加。そして、Salyuによる主題歌「アイニユケル」(作詞・作曲・編曲:小林武史)が作品の世界を彩る。「ドキュメンタリーでは描けない福島を描く」という監督の熱意のもと、最高のスタッフがそろった。