キャラクター達の運命に近づき、徹底して寄り添う、長回しのカメラ。
「サウルの息子」とも異なる、その精緻に制御されたフレームとカメラワークによる情報の欠落が、
見事な臨場感と緊張感を生み出す。さらにフレーム外を観客の脳と感情が補完する事で、
まるで彼らの孤独とともに漂流しているような痛みと喪失感を感じさせる。
若き唯一無二の天才が、現代映画の絶望を覆した奇跡の234分。
ボー監督の才能が惜しまれる。出来る事ならば、本作の評価を受け、”静かに立ち上がって”欲しかった。
―― 小島秀夫 (ゲームクリエイター)
とても美しい映画だった。映像の色味、時間の流れ方。とても美しい。
そして激しい
―― チバユウスケ (The Birthday)
ジャンルを問わず、私は表現全般に求める第一のこととは、強さと新しさだと思っている。
そうした意味でこの作品に出会えたのは幸せだった。
―― 近田春夫(音楽家)
陰(かげ)…すべてが遮られている。だが、観終わると美しき光が指してくる。
しかし、安心はしていられない。
そこには拭っても取り去ることのできない、感じない痛みが残るからだ。
それが、陰と陽…美しいとはそう言うことだ。
―― 奥田瑛二(俳優・映画監督)
象を求めて彷徨う四人をカメラは追いかける。
そのときフー・ボーの眼差しは、
彼らよりも先に、崇高な何かに、
触れれば心が崩壊しかねない〈美〉に到達する。
フー・ボーの悲劇と栄光はそこにある。
―― 小野正嗣(作家)
被写界深度は浅く、根は深い。
バラバラになった枝が物語の中で灰色の地面に吸い寄せられていく。
気付けば僕はフーボー監督が見せたい世界の中にいるのか、
彼の視力の一部となっているのか、そんな画角が全編を漂う。
タバコの煙が妙に白く見えるほどの密度の濃い灰色が続く234分を僕はどう消化すれば良いかがまだ分からない。
物語は1つの幹になり、また地面の中で散りばめられた様に深く。
公開前に命を絶った彼が遺した空白と余韻はあまりにも大きい。
時として死は芸術の形を変えてしまう。
それすらも作品の一部であるかの様に、僕のところへもやってきた。
本当のエンドロールは僕らの届かない場所にある気がした。
―― TK (凛として時雨)
どんなに悪意にまみれた世界でも、どんなに絶望と諦念に苛まれた人々でも、
長い長い一日のあとには、わずかな光が息を吹き返す。
そのことを強く信じさせてくれる映画。
―― 清原惟(映画監督)
3時間54分の「音」を聴き続けて欲しい。
どこへも行けない人間は、自分にだけ聴こえる地獄に包囲されている。
フー・ボーは永遠の3時間54分を削らせないために命を絶ったが、
鳴り響く天国の音とともに立ち上がり、歩き出す象となった。
―― 田中泰延(青年失業家/ライター)
才華溢れる作家を見つけた。
彼の作品は素晴らしく、現在の我々のような作家よりも優れている。
―― 余華(作家)※フー・ボー監督著の原作同名短篇小説へ送られたコメント
『象は静かに座っている』は、最後まで的から外れた矢を追いかける。
忘れられないエンディング、そして決して終わることのない映画だ。
―― イ・チャンドン(『バーニング 劇場版』)
私たちは身を燃やし、映画に全身全霊を注いでいる。それは世界を明るくするためではないかもしれないが、観客と心を、魂を、分かち合うのだ。この映画は、どう作り手が人生を映画に捧げるかの良い例だ。非常に感動した。
―― アン・リー(『ブロークバック・マウンテン』)
全編を通して驚くべき緊張感を生み出している。
助け合いや思いやりによって欲深さや利己心に抗おうとする
現代の私たちの人間関係についての美しい映画だ。
―― ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ(『午後8時の訪問者』)
正直に言って、私は感動し、恐れを抱いた。これは本物だ。
彼は我々が若かった頃よりもより素晴らしい作品を作った。
―― ホウ・シャオシェン(『悲情城市』)
類まれな映画だ!
―― ガス・ヴァン・サント(『エレファント』)
暗い空を駆け抜け、熱と痛みの中に落下していく彗星のようだ。この映画は、新たな中央集権化制度への変化の中で苦しむ数多くの中国人たちの内なる不安と、人々がお互いを裏切り傷つけ合う現実を映している。たとえ夜が来ようとも、人々は互いを抱きしめ、愛で不安や恐怖に対抗しなくてはならない。
―― ワン・ビン(『三姉妹 雲南の子』)
おめでとう。素晴らしい映画だ。
―― ショーン・ベイカー(『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』)
何かしなければ堕ちるばかりだし、何かすれば悪い方に転げ堕ちる。
今より悪くならない場所にただ座っていることさえ、難しい。
そんな彼らの一日に234分立ち会って、まだもうすこしここに留まらせてと思うのは、どうしたことだ。すごい映画だ。
このろくでもない世界に愛着をおぼえさせて、監督だけが去ってしまった。
―― 町山広美(放送作家)
若者も老人も生きにくい、現代の閉塞感を、ゆったりとした、それで親密な時間の流れの中で描ききる傑作。4時間弱という尺があっという間に過ぎるほど、この新人監督の世界にハマってしまった。
―― 立田敦子(映画ジャーナリスト)
息苦しい日常に耐え忍びながら人生に期待するのは愚かなことなのか?
フー・ボー監督が魂を紡いで世界に問いかけた唯一無二な傑作です。
―― コトブキツカサ(映画パーソナリティ)
力強くて夢中になる作品。
本作には独自の映像的感性がある。希望が失われた人生に向けたフーの思いやりのある眼差しにはどこか優美さがある。
映画の最後には、疲れではなく、感動を覚えるだろう。
―― ニューヨーク・タイムズ
卓越した、非常に力強く、荒涼とした映画。
退屈な瞬間は一度もなく、時間の積み重ねが可能にする感情の深さを理解できる。
―― ロサンゼルス・タイムズ
2010年代最も驚異的な監督デビュー作として記憶に残るだろう。
心を砕かれた芸術家が、思いやりのない世界へ向けた皮肉に満ちたラブレターだ。
―― プレイリスト
繊細で多層的、巧みに撮影された本作は、中国と世界に蔓延する無関心、傲慢、エゴイズムを鋭く提示する。
―― スクリーンデイリー
創造的怒りに動かされた、むき出しの、恐るべき才能。
エドワード・ヤン『牯嶺街少年殺人事件』、ジャ・ジャンクー『一瞬の夢』を思い起こさせる壮大な叙事詩。
―― フィルム・ステージ
フー・ボーの最初で、(そして悲しいことに最後の)映画は、物語の糸をしっかりと紡いでいる。
―― ハリウッド・レポーター
この映画の映像は、もっとも陰気な状況から美を救い出し、繊細で驚くほど素晴らしい演技を見せてくれた。全ての役者たちとともに、フーは深く、とてつもなく強い感情を呼び覚ます。
―― サイト・アンド・サウンド
魅惑的で常に動いているカメラワーク。ステディカムは、この映画のビタースイートなラストまで、這うように登場人物たちの近くを回っている。
―― オブザーバー
傑作だ。21世紀の中国映画の新たな基準を築いた。
―― バックシート・マフィア
フー・ボーは終わりなき絶望のどん底を掘り下げ、ただ存在しているだけで誰もが受け継いでしまう残忍さに耐え続ける私たちの力の中に、圧倒的な美を見つけている。
―― ヤング・フォークス
傑作だ。政治が若者から希望をどのように奪うかを鋭く描いている。
―― ローリングストーン
他に類をみない、練り上げられたドラマ、スタイル、ムードによって、この映画は、中国の都市部の深刻な病と、彼らの奥底にある悲痛な声を描いている。不朽の名作になるであろう映画。
―― ニューヨーカー
グラスに閉じ込められた煙のように、常に登場人物たちの間を漂い、レンズは容赦なく彼らの不安そうな顔を捉えて離さない。
―― シネヴュー
ロマネスクが息づく極めて重要な作品。
―― カイエ・デュ・シネマ
私たちはドストエフスキー的な、とても偉大で忘れ難いものと対峙する。
―― ル・フィガロ
辛抱強く苦悩する人間の奥深い肖像を描き、共感を呼び覚ます。それは壮大であると同時に親密だ。卓越した繊細さを持って、フーは彼の登場人物たちの不幸への軌跡を描く。
―― BFI
フーの映画は、ジョイ・ディヴィジョンの歌の執拗なベースラインのように、パンクの身体化を忘れず、低下層の視点を映している。
―― セルロイド・リベラシオン・フロント