エドワード・ヤン監督が1991年に発表した、傑作『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』。BBCが1995年に選出した「21世紀に残したい映画100本」に台湾映画として唯一選ばれ、2015年釜山映画祭で発表された「アジア映画ベスト100」において、『東京物語』『七人の侍』『悲情城市』などと並んでベスト10入りするなど、映画史上に残る傑作として評価されながらも、日本では初上映以来25年間DVD化もされず、観る機会がほとんどなかった。マーティン・スコセッシが激賞し、ウォン・カーウァイ、オリヴィエ・アサイヤスなど、世界中のアーティストに影響を与え、熱狂的な信奉者を生み出した伝説の傑作がエドワード・ヤン監督の生誕70年、没後10年となる2017年に4Kレストア・デジタルリマスター版で蘇る。
1961年に台北で起きた、14歳の少年によるガールフレンド殺人事件に想を得た本作は、青春期特有のきらめき、残酷さを描くと同時に、一人の少年とその家族、友人達を描くことで、その背景の社会や時代をも透徹した視線で見事に描ききっている。青春映画であると同時に家族についての映画でもあり、また一つの社会と時代を描いた映画でもある。観るたびに様相を変える、本作の大きさこそが、初公開から25年経ったいまでもなお、多くの人々を魅了する所以である。
本作が最初に日本で劇場公開された時は3時間8分版であったが、本作完成時の当初のバージョンである3時間56分版によって、その作品世界をより深く堪能することが出来る。マーティン・スコセッシが設立したフィルム・ファウンデーションのワールド・シネマ・プロジェクトとクライテリオン社との共同で、オリジナルネガより4Kレストア・デジタルリマスター版が制作され、光と闇の世界をスクリーンで体感できる時が遂にやってきた。
『恐怖分子』(86)でロカルノ国際映画祭銀豹賞受賞をはじめ世界的な成功を収めたエドワード・ヤンは自らの製作会社を設立し、満を持して『牯嶺街少年殺人事件』に取りかかる。彼自身の家族が1940年代の終わりに中国大陸から台湾に移住した外省人だったように、本作で描かれるのは、外省人たちとその家族の物語。中国大陸に帰ることを未だ夢見る親の世代と、中国大陸への思い入れはなく、エルヴィス・プレスリー、ジョン・ウェイン主演の西部劇などのアメリカ文化にあこがれる子供たち。親世代の焦燥感は、子供たちに伝わり、将来への希望が持てない状態で閉塞感に押しつぶされそうになりながら、愛と暴力の世界へと突き進んで行く。
本作の中で極めて印象的に描かれる夜の闇のシーン。その闇は物理的な闇であると同時に、台湾という土地のなかで外省人として生きていかざるを得ない人々の心の闇でもある。闇を照らす光を求める主人公・小四が最後に懐中電灯を手放す時、悲劇が起こってしまう。60年代の台湾を描きながらも、主人公たちが感じている焦燥感、未来への希望などは、極めて普遍的であり、将来が見えにくくなっている現代にも非常に通じるものがある。スタイリッシュな演出で情緒を排し、21世紀的と言われたエドワード・ヤンに、ようやく時代が追いついた。
本作の中で極めて印象的に描かれる夜の闇のシーン。その闇は物理的な闇であると同時に、台湾という土地のなかで外省人として生きていかざるを得ない人々の心の闇でもある。闇を照らす光を求める主人公・小四が最後に懐中電灯を手放す時、悲劇が起こってしまう。60年代の台湾を描きながらも、主人公たちが感じている焦燥感、未来への希望などは、極めて普遍的であり、将来が見えにくくなっている現代にも非常に通じるものがある。スタイリッシュな演出で情緒を排し、21世紀的と言われたエドワード・ヤンに、ようやく時代が追いついた。